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誕生日プレゼントはうどんにしますか?《 香川高松 高速バス弾丸1泊4日 》

2019年12月23日 02:08

気づいたら朝で、気づいたら目の前が瀬戸内海で、普通の生活がここにあったら。

毎日の風景が目の前の風景だったら。

眠りたいような、眠りたくないような、ぼんやりした頭でそんなことを思う。

12月8日日曜日、午前7時。僕は高松駅にいた。


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なんだかんだ四国にはよく来ているんだけど、高松は2011年の自転車旅以来だ。

目の前に広がる海を見ながら、何気なく「懐かしいなー」とつぶやく。


あーそうか。きっとこれからは色んな所に足を運ぶたびに、昔訪れた時を思い出して

「懐かしいな」って思う機会が増えるのかも知れない。



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12月の午前7時なんて、寒くてやってるお店もやってないような寒さだ。

高松駅2階のスターバックスも8時からだった。
(あとから調べたら、スターバックスはどこも大体7時~8時からでした。)

そんな時間に高松に着くというと、移動方法はあれしかない。

いや、実は岡山に前日入りして朝一で電車で来るという方法もあるが。

あるいは小豆島からやはり朝市でフェリーに乗ってやってくる方法もある。これすごく素敵。

あるいはすでに高松にいて、夜そこらへんにダンボールでも敷いて寝ていたのか。

いやいや、そうではない。


前日12月7日午後9時25分発。バスタ新宿発、ドリーム高松号。

僕は内心ドキドキしていた。実は高速バスに乗るのは、今回が人生で初のことだからである。



ドキドキしすぎて1時間半前にはバスタ新宿についてしまったというのは嘘だが、

あの伝説の北海道ローカル番組「水曜どうでしょう」が頭をしょっちゅうよぎっていたことは間違いない。


本当に眠れないのか?いやいや、最近の高速バスは椅子が斜めに着いていて足が伸ばせるらしいぞ?

いろんな憶測が僕の頭の中を駆け巡る。


いや、駆け巡ってどうするんだ。今回はそれが目的じゃないし、どうにしろ眠りが薄くなることは自明の理だ。




結局は眠れないどころか、前の人の完全で完璧にリクライニングを下げられたせいで、僕の足がリュックサックとサンドされて
(新幹線と同じようにシート上方に荷物を収め得るスペースが有ったが、リュックがパンパンだったため入れられず足元に置いていた)

あやうくエコノミーにされてしまうところだった。

高速バス恐ろしいよやはり…。



眠りたいけど眠れない頭で、僕は高松駅構内のベンチに座り電車を待っていた。

今日の目的地は高松ではなく、JR予讃線の「端岡(はしおか)」駅だ。IC化されていない改札の左端の有人改札にいた駅員のおばちゃんに

「はたおか駅ですか?」と聞いたら、「はしおかですか?」と聞き返された。「たった今出て行くので次が20分後ですね。」

…よし朝ごはんにしよう。



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7時40分発、観音寺駅行の電車に揺られて15分ほどで端岡駅。

何もない駅だ。というのは正しくないが、住宅しかない、いや住宅はたくさんあった。


どうしてこんな辺鄙な(というほど郊外でもないけど)ところに来たかと言うと、高松公文書館を目当てにしていた。

これまたどうしてと聞かれると、恥ずかしながら今度同人誌として出す漫画の舞台が高松で、しかも1950年代のため、

当時の高松がどういう街だったのか、知りたくてきたのだ。

というのは4割は嘘で、観光も兼ねていた。明日の月曜日も休みを取っていて、レンタサイクルで走り回ろうという魂胆だ。サイクルウェアも持ってきていた。

まあ要は、漫画にしっかり高松の名前を出してしまった以上、なるべく高松らしさを出したくて(それっぽいことがしたくてという気持ちもある)、

昔の高松の写真があるであろう公文書館に目をつけたのである。


しかし、来たのはいいものの、すでに気持ちは不安でいっぱいだった。

なんのアポもなしにそんな資料に行き当たるのか。

実は高速バス乗り場に向かう電車の中で、公共施設の資料をなにがしかに利用する場合、提出書類があるというのをしってしまっていた。

それも場所によっては10日以上前に出していないとダメというところもあって、

それを前日に気づいてしまって、いよいよ今回の旅行に意味があるのか、僕の頭の中の審議では与党と野党がせめぎ合っていたのだ。
(そもそもそんな大それた使い方はしないのだったが頭が空転していた。)


リクライニングオールダウン事件で眠れなかったのと合わせて、すでに頭の処理能力はいっぱいいっぱいで

「とりあえず行こう」という、どうしようもなくなった人が行き着く現実逃避の上に行動をしていた。


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公文書館についてみたものの開館は9時半から。

あと1時間ほどはあるので、さらに15分くらいあるいたところにあるガスト(どこにでもあるんだなあ)に入ってトーストとスクランブルエッグのセットを頼んだ。

開店が8時半かららしく、お店は無音で女子高生らしいアルバイトが2人、何かの話で盛り上がっていた。



ほんの少しだけ寝て、9時半に間に合うようにガストを出る。

結果的には公文書館は空いていなかったが、併設して高松市立図書館があることは知っていたので何も考えずそちらに足が向かう。


気持ちはすでに「なにか持ち帰られれば御の字だな」というあきらめムード。

こんな寒い朝なのに、図書館には中学生や高校生やおじいちゃんおばあちゃんがちらほら集まってきていて、

2回の自習室はけっこうな盛況ぶりだった。


自習室は四方を囲んだ壁の一つに地元について書かれた本がずらりとならんでいたが、どれも文章が主で絵として昔の高松が分かるものはなかったので、

もう自分で探すのは時間的にも体力的にも無駄だな、とすっぱりと諦めて、

図書館のパソコンを弄っている司書さんに相談した。

「あの、昔の高松の町並みが知りたくてきたんですが。」

ロマンスグレーという言葉が、舞台の1954年の流行語だったというのはネットで調べて知っていたが、司書さんがそんな感じの

髪を灰色に染めた、60歳くらいの男性だった。

「おかけになってお待ち下さい。」

すでにけっこう時間を使って調べてもらっていたが、まだ調べてくれるのか。

宛もなく来て、正直超個人的な趣味趣向の要望に、いろいろな業務をしているであろう司書さんにこれ以上時間を使われるのも忍びなくなってきた頃、

「おまたせしました。写真集は中央図書館のほうがたくさんあるのでそっちに行ってみたほうが確実ですね。」

少し高松の方言らしき訛りを感じながら、司書さんの話を聞く。

「公文書館も写真はあるかも知れないけれど、殆どは文書だから。あと公共機関なので土日はやってないです。」

なるほど確かに。

そう決まったなら、来た道を戻るけど中央図書館に行こう。

「じゃあ行ってみます。」

それだけ言って、僕は来た道を戻り、高松行きの電車に乗って中央図書館に向かった。



高松駅は駐輪場がすごく発達していた。

駅の地下はほとんど駐輪場なんじゃないかと思わせるほど広く、

レンタサイクルも6時間まで100円、それ以降も24時間毎に100円というやすさ。


それを1台拝借して、駆け出す。目指すは高松市立中央図書館。


中央図書館は、入り口でロッカーに荷物を預けて(100円玉戻ってくるタイプのロッカー)、持ち込みは最小限にしなければならないという、

荷物を預けないと行けないなんて初めての図書館だった。なにか嫌なことでも過去にあったのだろうか?


筆記用具と書き写し用(写真集は複製できないだろうと予想して)の埼玉から持ってきたコピー用紙を入れたドラえもんのファイルだけ持って、図書館に入る。


…どこだ?


当たり前だが、埼玉県民の自分が四国の、香川県の、高松の図書館の書庫がどうなっているのかなんてわからない。

すでにちょっと笑えていた。どうして埼玉県民が香川県民の利用する図書館の中で写真集を求めてウロウロしてるんだろう?

この事実が明るみに出たら、どうかされるのだろうか?

そういう思いもあって僕が埼玉県民だというのは、高松に来てから誰にも話してはなかった。


しかし、さすがは中央図書館と言うだけあって、結構広い。

少なくとも所沢の中央図書館よりは広い。


流石に一人で探すのは限界だという気がしてきて、本棚の整理をしている司書さんに話しかけた。

「すみません。高松の昔の町並みを知りたくて」

「もしかして国分寺図書館(最初に行った図書館)に行かれた方ですが?」


一瞬止まった。

バレた?と思った。

あるいは前の図書館で何か落としたか?

「え、あ、はい。」

「何に使うんですか?」

「(しどろもどろになりながら)絵の資料に使いたくて…」


スタスタあるき始める司書さんにとりあえず着いていく。

持ち出し禁止のエリアのカウンターへ。

「こんな感じで大丈夫ですかね?」

軽い言葉と一緒に、分厚くて重い大判の写真集が5冊、ドサッという音を本当に立てて出てくる。


…おいおいおい。

気づいたときには胸が熱くなっていた。

最初に行った図書館の司書さんが、どうやら情報を回してくれていたらしく、すでに用意されていたのだ。

僕、取っておいてくれって言ってないし、必ず行くとも行ってないし。

何も宛てなく高松来たし、その前に埼玉県民ですよ僕?


「ありがとうございます。助かります!」

普段使っている言葉だけに、語彙力のなさ、対応力の無さが際立つ。

どうしたらこの気持ちをちゃんと気持ちを伝えられるのか。

心からそう思ったのは本当に久々のことだった。この前駅で財布落として見つかったときでも、こんな気持にならなかったのに。


複製できないのはわかっていたので、できる限り持参のコピー用紙に描き写した。
(ちなみに第三者に公開・利用する場合、描き写しでも著作権的にはグレーなのでご注意ください。僕は旅の後に知りました。)

正午ごろから午後4時過ぎまで。たぶんこんなに図書館にいたのは人生初だ。

目的はこれだったのだけれど、用意してくれていたことが僕のやっていることを応援しているように思えて、一段とやる気が出ていた。

「ありがとうございます。本当に助かりました!!」

伝わらない気持ちのほうがほとんどだろうけど、念を込めて言ったつもりだった。


僕は図書館をあまり利用しないので、もしかしたらこのことは当たり前の業務の一つでしかないのかも知れないけど、

何も得られずに今日は終わるんだろうと思っていた僕には、出来すぎたことだった。

もし埼玉で同じことがあっても、何も言わないんじゃ何もしてくれないよね。きっと?どうなんだろう。

…やってくれないでいてほしいと思った。



日が暮れ始めて、高松に到着した朝と同じくらいの色合いの街になった頃、

予約していたゲストハウスにチェックインした。

1階は受付と同時にバーになっていて、何やら大学生なのか10人くらいの若い人たちがテーブルに座ってワイワイしていた。


そういえば初めて一人旅をしてから11年になる。

僕にはあんな初々しくワイワイした人生はなかったなーなんて思う。あれはあれで大変だろうから別に悲しくはないけど。

ドミトリーで少し横になって休んで、グーグルマップで銭湯を見つけて向かう。

でも最近、一人旅をして感動が薄くなっていることはなんとなく感じている。

朝、「懐かしいなー」なんて思ったけど、結局「昔が良かったなー」なんて話になりかねない。

あまり考えたくないことも最近はやたらと増え始めている。

もうどうしようとも思わないし、どうともならないとも思っているんだけれど。


早く銭湯に入りたい足と、帽子と、ジャケットと、貼り付けるタイプのカイロ3つで寒々しさを押さえつけながら歩く。

なんだかんだ言っても一地方都市なので、通りは午後6時でほぼ信号だけが明るく見える。

向こうの向こうの向こうの信号を見て、あそこらへんで曲がる、というのを時々考えながら、通りを眺める。


と、

ふと、自転車屋さんがあった。


奥には有名メーカーのフラッグシップモデルの自転車が飾ってあった。

それに呼ばれるかのように、すーっと店内へ入る。



店内には有線らしき聞き覚えのある曲が流れていて、

奥の自転車まで行こうとすると、左手に店主らしき人物とお得意様らしきお客さんが話している。

特に何か買うわけではないので、奥の自転車の前に立つ。

きれいな自転車だ。僕には似合わないけど乗ってみたいな。

そんなことを思っていると、「なにかお探しですか?」と店主さん。

「いえ、僕ここらへんの人間じゃないんで。自転車好きでちょっと入りたくなって。」

ちょっと失礼だったかとも思った。

「お兄さんどこから来たの?」よく聞くセリフだなあと思ってしまったのは旅慣れてしまったせいか。

「埼玉からです。」

「へえー、結構遠かったでしょう?」

「いえ、今回は高速バスで来たのでそんな遠くはないです。」

入りは至って普通だった。

しかしこの人、元は噺家さんなのだろうか。

語りがうまく、一つ一つのエピソードに複数の登場人物が出てきて、

すべてを、本人のようになって喋り口調で再現してくる。

段々と楽しくなってきて、僕が思いの外ノッてきた頃、

「また何しに高松へ?」

「ちょっと恥ずかしい話なんですが、趣味で漫画描いてて舞台が高松でそれの資料で図書館に…」

あまりためらわず言ってしまったが、そこらへんからちょっと流れが変わったかも知れない。

「僕も昔コミケ行ってたよ。」

へぇっ?。

「インベーダーとかゲーセンですごくやったし」

なるほどなるほど。

「うる星やつらとかミンキーモモとか見てたよ。今の萌えアニメの元祖ですよ。」

こりゃモノホンだ…。

僕は僕でゲーム畑の人間なので、だいたいどんな話でも全く返せない話はほとんどない。

漫画、アニメ、ゲーム、自転車。すべてが合うなら、あとは話せるだけ話すだけ。面白いことは確定されているようなものだ。


話が少し旅に戻ったりしたころ、

高松のここらへん一帯は、午後10時以降になると子盗り(こおとり)が現れて外にいる子供を連れ去っていく都市伝説がある、とか

百十四銀行の屋上にスピーカーがあって、それが午前7時と午後10時に音楽を鳴らしている、とか

何やらすんごい面白そうな話が出てきてこれがまた興奮した。

旅の中で旅先のことを知るっていうのは、だいたいが史跡とかそれ専用の場所で学ぶようなことしかないけど、

こんな小さな一集落の都市伝説とか、そんなの全然聞いたことがない。


時に時事、時に労働環境、なんやかんや話題が尽きず、閉店時間20分前くらいまで2時間弱ひとしきり喋り続けた。

旅先の自転車屋さんでこんなことにあうなんて。

今日を点数にしたら230点くらいだった。100点満点で。



これだから一人旅面白いなあ、とさっきとは180度違うホカホカした気持ちで、銭湯に入り、

帰り途中で見つけたタイ料理のお店でほうれん草と豆のカレー(750円)を食べて、

ひとりごちた気持ちに満たされれば、ゲストハウス1階のバーに行かずとも寂しくない夜になったのだった。


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12月9日、朝7時。

「もう信じられない。」という声が僕の頭とドミトリーに響く。

正確には、僕の頭に響いてから、ドミトリーに響いただろうという予測だが。

僕は目を覚ました。

寝言を言っていた。


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高松2日目。

昨日資料が見つからなかったら、2日目も図書館に詰めようと思っていたけれど、司書さんたちのおかげでその必要がなくなったので、

晴れた気分でジャイアントストア高松へ。

事前に予約をしていたロードバイクを引き取って出発する。


高松に来る前は金毘羅山に参ろうかとも思っていたが、

グーグルマップによると、片道40km弱あって、今日の夜また高速バスで帰ることを考えると、

往復80kmというのは若干不安があった。

明日は高速バスで東京に着いたら、そのまま会社に直行する予定なので高速バスに乗る前にお風呂に入っておかないといけないことも留意したい。

僕は計画を変更して、高松を東に進んだらすぐにある屋島(やしま)と庵治(あじ)半島を周回することにした。

調べてみると一周10kmちょいくらいだ。


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屋島は昨日の自転車屋さんの店主さんのおすすめでもあって、屋島の北の突端辺りに分かれ道があるらしく、

その道を進むと昔砲台が置いてあったところに出る、というのを聞いていたが気づいたらもう3/4周はしてしまっていたので、仕方なくスルーした。

店主さん、すみません。次また来ます。



屋島を時計回りに進むと、左手に相引川とその向こうに見えるのが庵治半島だ。

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天気もとても良く、自転車に乗ること自体が久々の僕にとっては、すべての好きが詰まっている状態だった。

瀬戸内海、晴れ、ロードバイク。もう何も言うことはない。


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マップを見ると行程はすでに3/5は終了しているようだった。

時間は12時、マップを見ていると正午の防災無線が鳴った。

このままだと予想よりもずっと早く終わってしまう気がする。

そういえば、ここまで来る少し手前に「大島行きフェリー」という看板があった。

もしかして戻ってこのフェリーに乗ることができるんじゃないか?

このところ、小さな島というものには縁が遠くなっていて、それがなおさら上陸して小さな島から大きな四国を見ている図を想像させる。

面白そう。僕が描いている同人誌のシリーズとしても島を知るということは大きい。行かない手はない。

そう決めたらフェリーの時間を調べる。

ついでにこの島のこともちょこっと見てみる。

するとどうやら大島はハンセン病の施設があるところのようで、現在は無料でフェリーに乗って渡ることができるらしい。

デリケートな話かもしれないが、でも島全体が施設になにか関係のあるように見える。

あまり身構えても何も意味ないんだろうけれど、色々考えて今回はパスすることにした。

渡ってもきっと滞在時間は30分くらいが限界で、どうせなら時間があるときに渡ってみよう。

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現地のローディーが抜き去っていったのを追いかけるようにして、庵治半島の残りの1/4は猛スピードで終えてしまって、

いよいよあとは帰るしかない。

いや、実はここからがメインディッシュである。

四国といえば、例のアレ。

あの伝説の北海道ローカル番組「水曜どうでしょう」でも度々取り上げられている、四国八十八ヶ所巡りだ。

そのお寺の一つが庵治半島の真ん中にそびえる五剣山の中腹に位置する八栗寺。

八十五番目のお寺で、唯一ロープウェーが運行している。

と、いうことはそれなりの高さであろう、それは何となく分かる。

しかもマップを見れば、道も通っているのがわかる。

今日は楽しい日だ。ということは何でもできる日だ。

気持ちが高揚して、わけわからない理由で向かうことを決める。


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やはりだ。

そうきたか。

そうこなくっちゃ。


21%の坂を見ても、ワクワクしかない。

写真を撮って、登りにかかる。

思いの外舗装がちゃんといているのがよくわかった。

舗装が悪いと車輪を取られてあまり周辺を見渡すタイミングもなかなか取れないが、

この道はよく分かる。

きっと歩きお遍路さんのための道なんだろうけど、(車もバンバン走ってた)

自転車も案外向いている。舗装がきれいなせいか21%とは思えないほど疲れもなくよく登れた。



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歩きお遍路のおじさんに応援されながら八栗寺到着。

想像よりずっと21%坂が長くて大変だったけど、

それ以上に、達成感と一面の青空と五剣山の切り立った峰々が気持ちよく迎えてくれた。


登り終わって、一つの仮説が頭の中に生まれる。

「ヒルクライムは自転車に乗ると同時に山を登ることもしているから、お得感がすごい」

すでに仮説でもなく、ただただ今の自分の気持ちを述べたものだが、

自分を納得させるには十二分の文言だった。


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お馬の八栗寺ちゃん。勝手に命名。

この角度が一番笑って見えた。



自転車があるので乗りはしないけど、一応ロープウェーを確認する。


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屋島と背くらべ。

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登りもきつかったけど、下りは怖すぎて1キロくらい自転車を押して(転がってかないように抑えて)下山。

途中、極太そば特盛を平らげて、あとは国道11号を西に走って高松に戻る。



ロードバイクを返してしまったら、あとはまた市営のママチャリレンタサイクルに乗り換えて5キロほど西の銭湯に入って

また戻ってきて夕飯でも取りながら高速バスを待って、あとは東京に運ばれるだけ。


急に惜しくなって、走るところもないので埠頭のベンチに自転車を立て掛け、自分も座ってひたすら海を眺める。

新しく整備されたのかきれいな埠頭で、住民よりも観光客が多く往来するなか、老夫婦が買い物のあとなのか、スーパーの袋にぎっちりものを詰めて、

夫婦で僕の横に座り、おじいさんにタバコをもらって吸い始める。

と思ったら、もういいのか吸い殻を海に向かって投げていた。



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ママチャリレンタサイクルで銭湯に向かう。

ロードバイクと違って、サドルが低いので膝も詰まるしブレーキは弱い。

何よりサイクルジャージでママチャリという、ミスマッチどころか変態に見える。
(サイクルジャージに普通のジャケットだと下半身がただのタイツにしか見えず、本当に変態に見える。できればやりたくない)

これほど長いのかと思いながら重いペダルを踏んで3キロほどを走り、香東川を手前で瀬戸内海側に折れる。

すると高いビルがない広い夕日の色を幅の広い香東川がそれを移し、巨大な一反の織物のような、空も海も一緒の視界が目に入る。

目的のスーパー銭湯はこの道のすぐ右手だ。

この銭湯に来る人は毎日この風景を見ているのか。

そう思うと、ズルい!という気持ちと、僕も仲間に入れてくれ!という気持ちが起こった。


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お風呂一時間、休憩場所に1時間半。

この後の辛い高速バスと明日の出勤を考えると、なるべく汗をかきたくなくて気づいたらこんなアンバランスなお風呂の入り方をしてしまった。

お風呂に浸かった暖かさをすべて失ってから、高松に戻り、レンタサイクルを返す。

それでもまだ時間は残っていた。午後8時。

出発は9時35分だ。


駅前の広場に点々と置かれた、一見オブジェのような丸い置物(他の人が座っているから椅子だろう)に座る。

ここ高松に至っても、帰宅ラッシュは同じようで、定期的にサラリーマンやら学生やらが駅舎からどっと現れては収まって、

またどっと現れていた。


ふと自分がこの中のひとりだったらと思ってみる。

そういえば昨日の自転車屋さんの店主さんにも、会社に疲れたから今度旅に出て、どこか別の場所に住もうかどうか決めようと思ってる、

という話をした。


香川はいい意味でちゃんとしてない人たちの集まりだから、いいよ。という言葉。


香川かぁ。仕事はどうするかわからんけど、とりあえず住んでみるのも悪くないなあ。

次の電車が着いたのか、また帰宅する人がどっと現れる。


流石に寒くなってきたので、暖房が効いている高速バスターミナルの待合室まで移動して

時間を待って東京行きの高速バスに乗り込んだ。




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行きのバスとほぼ同じ内装に愕然とし、同じような大事件が起こるかもしれないと警戒していたが、それはなかった。

もっとも今回の席は後ろにも人がいたので、僕もあまりリクライニングさせられなかったが。


12/10、午前7時半。東京着。

実はこの日が僕の誕生日だ。

毎年何か特別なものがあるわけではないが、今年はあるいは高松で出会った人たちがそれなのか。

その気持ちを、この高いビル群にその言葉を投げかけても、無数の壁に反響させてどこかの物陰に隠してしまうだろう。


今日はこのまま会社に出るので、会社のある神保町まで徒歩で歩き始める。

それでもいいのかもしれない。

帰ってきたことに何も言わない、そっけないビル群はいつも高い空を見上げ続けている。

それを見上げる僕。

4日がかりの、知らない人たちからもらったこんな誕生日プレゼントもいいかも知れない。

そう密かに思うのだった。



誕生日プレゼントはうどんにしますか?《 香川高松 高速バス弾丸1泊4日 》 おわり

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《あとがき》
書いてる風になりきって、ブログに勝手にあとがきを入れるテストをしてます。
この記事を最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回の旅は、取材半分旅行半分って感じでしたが、本当に本当に楽しい楽しい旅行でした。
ちょっと考えたのは、今まで何も考えずブラッと一人旅をしてきましたが、
ただ行ってみるんじゃなくて、何か軽い目的をもって旅行をしたほうがもしかして楽しいのでは?
という、また追い込み型人間の思考にやられてるんじゃないかとも匂わせるような考え方も、あるのかなと思いました。
それにしても現地を知る旅というのは初めてだったのに、出会う人出会う人に助けられ、旅の理想形、一人旅番組な旅行でした。

最後に最近やっとみたゆるきゃん△のBGM動画を貼っておさらばとしたいと思います。
これを聞きながらブログ書いてたので、気が向いたらこれを流してもう一度読んでいただけたら何か違うのかなと思ったりしながら。
ではでは。
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